「もっと自由にアートを作りたい」
本当にその夢のような人生を過ごすことはできるのだろうか?
僕は小心者なのかもしれない。
なぜなら、周りから言われる「人生はそんなに甘くない」という言葉をずっと気にしているからだ。
自分の人生は他人に決めてもらうものじゃなく自分で決めるものじゃないのか?
よく考えてみよう「人生は甘くない」と言ってくる人は、自分のやりたいことをやってこれたのだろうか?
心のどこかで『安定しない』という気持ちが邪魔をして、やりたいことを無理に押さえつけているのではないか?
「人生は甘くない」と言う人を見ると、自分の価値に気づいていないように見えて仕方がない。
そう言ってくる人は、自分が経験したことがない分野での成功がイメージできずに無難な対応をしているだけではないか。
自分の人生は自分が経験しなければ、いつまでも理想の生活を過ごすことができない。
好きなアートで人生を過ごすことは難しいことかもしれないが、不可能ではないはずだ。
『お金』を生む仕組みを作ればどんな夢でも叶えることができる。
これが、僕の芸術生活への第一歩である。
目次
はじめに
いきなり主張の強い文章から始めましたが、自分の好きなことで生きていくには、これまでの経験と知識をうまく使うことが大切だと、僕は思っています。
ここで話している内容は、僕がこれまでに経験してきたことや僕なりの芸術人生論です。
本記事を読むことで「今から芸術家になりたい」と考えている人の参考になれたらと思います。
ただ勘違いしてほしくないのは、「人生は甘くない」と言っている人を反対しているわけではありません。
自分が目指したいと思っている未来を行動もせずに諦めてしまうのはもったいないと言いたいわけで、理想の人生を歩くには『失敗』は必ず起こります。
もし失敗をしたくないと言うのなら、芸術人生を諦めて無難な道を歩く方がストレスを抱えずにすむでしょう。だけど、後悔は残ります。
失敗があるから成功の道へと軌道修正ができて、どんどん成長していくのです。
ぜひ本記事を読んで、理想の芸術人生を歩んでほしいと思います。
僕が芸術を始めた理由
僕は現在、デジタル作家として活動をしている。
そもそもデジタルアートを始めるキッカケとなったのは、毎年12月に行われていた、フラワーデザイナーのイベントで映像クリエイターを担当したことだった。
フラワーデザイナーの一言で誕生したデジタルアート
フラワーデザイナーが舞台で音楽に合わせながら大きなアレンジを組むという、フラワーアレンジショー。
その舞台の背景に、アレンジのテーマに沿った映像を投影する映像クリエイターとして参加していた。
3年間、共にイベントをしてきたフラワーデザイナーから、次のような要望があった。
「もっとあなたらしく表現したアート作品を観てみたい!」
それまで僕がつくってきたのは、相手の要望に合わせた作品。いわゆる『デザイン』と言うものだった。
『デザイン』は、クライアント様のことを考えてつくる商品であって、やりがいはあるけどルールと言う枠からはみ出すことができない。
自分らしい作品を表現するものとは違い、自分を押さえつけて相手に合わせなければいけない。
僕はどちらかと言うと、自分らしく自由な世界を表現した作品で共感してもらい方だ。
そんな時にフラワーデザイナーがいってくれた「あなたらしい作品」という言葉に刺激を受けて、デジタルアートを作ることにした。
その時つくった作品がこちら。

制作 / デジタル作家R.i.(制作年 : 2016年)
人物の写真にお花のフリー素材を重ねたアート作品。今でいう『コラージュアート』というものだった。
誰かに教わったわけでもなく、芸術学校に通っていたわけでもなく、グラフィックデザイナーで身につけたスキルを活かして、自分なりに応用してつくったアート作品である。
自由に対する価値観
世の中には『自由』という言葉を嫌い、自由主義をカッコ悪いものだと思っている人もいる。なぜなら『自由=不安(不安定)』と思ってしまうのだろう。
だけど、自由には価値があり自由から生まれたアイデアが人の心を揺さぶる魅力的な作品になることもある。
中には、自分が自由な人生を過ごしたいと思っても、周りからの反対意見が多かったり,
「好きなことと仕事は別だよ!」
と押し切られて諦めてしまう人もいるが、少し考えてみてほしい。
他人に言われたことを真に受けて、自分の好きなことができないまま、理想の人生を諦めてもいいのだろうか?
僕はこれまでに興味をもったことは、全て経験していきたが、今までに後悔したことは一度もない。
もちろん失敗したこともあるが、その失敗を経験をしたから同じ間違いをせずに済んでいるし、時間を無駄にすることもない。
僕は失敗も成功と同じように価値があることだと思っている。
いや、もしかすると失敗を経験したからこそ価値をつくれたのかもしれない。
僕の性格を悪く言えば『落ち着きがなく転々としてしまう性格』だ。
良く言えば『冒険心があり行動力がある』とも言える。
そんな僕のデジタル作家人生は、大阪で生まれた時から、もう始まっていた。
大阪で生まれ京都で暮らす
僕が生まれたのは、人口が約40万人と言われている大阪府豊中市という地域。
大阪で生まれ育ち、現在は家庭や仕事の関係で京都府宇治市で暮らしている。
ちなみに、宇治市の人口は約18万人で、10円玉の裏に描かれている世界遺産の平等院があり、抹茶が有名で観光地として海外からも多く訪れている。

Link ▶︎ 平等院のサイトはこちら
宇治市の有名なものといえば、抹茶、宇治橋、宇治上神社、鵜飼、紫陽花、源氏物語など。
宇治市はとても居心地が良く、滋賀、奈良、大阪に行きやすくて住みやすい町。
たまに知人を宇治に呼んで、宇治川で仕事の打ち合わせをすることもある。
自由気ままに過ごしてきたように見えるが、子供の頃には死にかけた経験をしている。
子供時代に経験した事故
僕は昔から落ち着きがなく、どんな時でも『自由』に遊ぶ子供だった。
母とスーパーへ買い物に行っては階段から落ちて鼻血を出したり、家族で出かけた時に突然目をつむって歩いて電信柱に顔をぶつけて鼻血を出したり。
そんな自由で落ち着きのなさから、海で溺れて『死への数秒前までの世界』を彷徨った経験がある。
その時の状況については、下記で話しています。
迷惑ばかりかけてた中学時代
そこからさらに成長し、中学1年で145cmだった身長が中学2年に上がる頃には170cmを越えていた。
母より低かった僕が、母を越して父の身長も越えていた。
今思えば、中学時代が一番自由行動が酷かったのかもしれない。
- バイク
- ゲーム
- 音楽
に興味を持ち始める。
どちらかと言うと僕は、他人に迷惑をかけてしまうような元気な中学生と言った感じだった。
今でも大阪に帰ると、当時のこと悪さを話すことがあり「本当に迷惑をかけていたんだなぁ。。。」と深く反省をしている。
バンド活動に目覚める
中学にななってとくに興味をもったのが『音楽』だった。
中でもハードロックやハードコア系が好きで、ギターの「ギャン!ギャン!」と鳴り響く音が心地良くて、僕の心を揺さぶる。
父が若かった頃フォークギターを弾く人だったので、その影響もあっ他のかもしれないが、僕はギターに興味をもち始める。
最初は父のフォークギターを借りて練習をしていて、当時すごく憧れていた『X JAPAN』の曲を猛練習していた。
ギターを弾く人ならわかると思うが、X JAPANの曲は早弾きが多くてとにかく難しい。
だけどギターソロが弾けたらかっこいいと思って、勉強もせずにギターばかり猛練習をしていた。
楽譜が読めずに耳コピで覚える
当時の僕はギター教室を通っていたわけでもなければ、楽譜を読めたわけでもない。
ギターの練習は好きなアーティストのライブ映像を見ながら、指の押さえ方を研究したりCDの音を聞いて探したり。いわゆる『耳コピ』というもの。
こうしていくうちに、ある程度ギターが弾けるようになってCDを流しながら合わせて弾けるようになっていった。
CDの音と自分が弾くギターの音がピッタリ合った時のなんとも言えない心地良さ。
その心地よさにハマって、本格的にバンド活動を始めるようになった。

このままバンドで仕事をしたいとも考えたが、世の中はそんなに甘くはない。
この頃は自分の想いを主張する方法も知らず、親の反対に逆らって飛び出す勇気もなかった。
そんなことよりも「責任のある社会人になる」というプレッシャーの方が大きかった。
その責任から自分のやりたいことを押さえつけて、無難な道について悩むようになっていた。
僕が憧れたギターリスト『HIDE』さん
そんな悩みを感じていたころ、何気なくテレビを見ていると、僕の好きなX JAPANが出演する音楽番組が流れてきた。
当時のX JAPANはテレビに出ることが珍しく、バンド雑誌やビデオ映像でしかその姿を見たことがない。
憧れのバンドだったこともあって、テレビの前から離れず僕の好きな『紅』の曲が流れるのをずっと楽しみにしていた。
中でも一番憧れていたのがギターリストの『HIDE』さんである。
残念ながら、1998年の5月にHIDEさんはこの世を去ってしまったが、今でもその思いは変わらない。
HIDEさんに影響されて美容師になる

憧れだったHIDEさんの経験を真似したいと言う想いから、僕は美容師を目指すことにした。
噂によると、HIDEさんは美容の技術も相当すごかったらしく、ギターも弾けて美容も神業的な技術を持っている。

HIDEさんのように器用で、なんでもできる人になりたい!
そんな気持ちがどんどん強くなる。
とても単純な理由だが、HIDEさんの言葉がキッカケで美容師を始めることになる。
始めた理由はすごく単純かもしれないが、今では美容師を経験して本当に良かったと思っているし、美容師になることを許してくれた親には本当に感謝している。
今でも限られた友達や家族のカットをしているが、とても喜んでもらえている。
自由な人生を歩み始めた20代

美容師になって約10年が経ち、全ての技術を習得して指名も増えてきた。
働いていた美容室では、店長の次に技術をもっているということで、ナンバー2の技術者としての責任を任されたこともある。
だけど、僕の自由な行動はその後も続くことになる。
グラフィックデザイナーへの道のり

美容師はお客様のヘアーをデザインする仕事で、その後のケアも考えたヘアスタイルを提案する仕事。
この頃から「人の悩みを聞いてそれを解決できる方法を提案できる人になりたい!」と思ったのかもしれない。
技術だけを磨く人になるのではなく、人の心理についても詳しく知りたいと思い始めて、その知識を身につけるために、『グラフィックデザイナー』を始めることにした。
グラフィックデザイナーという仕事は思っている以上に複雑なもので、自分のデザインセンスだけではデザイナーとして仕事を受けることができないのが現実だ。
クライアント様の想いを的確にデザインで再現したり、マーケティングの知識が必要になってくる。
デザイナーは、人の心を読む心理的な知識も身につけなければならない。
新たな世界に移ることがどれだけ大変なことなのか、この時に身をもって知ることになる。ただ、独学ではあるが。
それでもデザインについて猛勉強して、グラフィックデザイナーの経験を積むために、どんな無理難題な依頼も受けてきた。
芸術作品で主張する人を目指す

デザイナーで経験したグラフィック技術を活かして、現代アートで自分の表現する世界を身近に感じてほしい。
そんな想いからデジタルアートを始め、作品がどんどん増えてくると、次のステップとして個展を開くことを目標に活動する。
この時期はまだ、芸術について何の知識もなかったが、個展を開くという行動に移したことで、新たな知識を身につけることができた。
それが自分というブランドの価値を高める知識、いわゆる『セルフブランディング』である。
京都で個展開催する

2018年に初めて京都で個展を開き、その個展は自分に必要な知識を学ぶ大切さを教えてくれた。
個展を開いたことで、間違えていた活動の仕方に気づかされたり、足りない知識について知ることができた。
横浜赤レンガ倉庫のグループ展に参加

経験とは不思議なもので、一度個展を経験すると、新たな作品のイメージがどんどん浮かんでくる。
京都の個展が終わると自信がつき、さらに2019年に横浜赤レンガ倉庫のクリスマスイベントで約100名の芸術家が集まるグループ展に参加することもできた。
そのグループ展で、自分がつくるデジタルアートがどんな印象を与えていうのか知った。
作品の価値を高めるにはより多くの人に作品を見てもらい、どのような印象を感じたのかを調査することも必要だ。
2019年のグループ展では、芸術作品の価値を上げるという考え方を知ることができた。
理想の芸術生活を目指す

芸術に触れるということは、芸術家が持っている感性を感じることができ、モノの見方がいろいろな角度から見れてどんどん新しいアイデアが浮かんでくる。
芸術家を目指す人だけではなく、芸術を好きになり部屋に作品を飾るだけでもその効果がある。
- 芸術に触れると視野が広がる。
- 視野が広がると心にゆとりができる。
- 心にゆとりができると時間にもゆとりが出てくる。
芸術家として作品をつくることで、自分の心の中のストレスを吐き出すことができる。
作品を見ることで視野が広がり、仕事でも日常でも今まで見えなかった角度から新しいアイデアが浮かんで楽しくなる。
そんな理想の芸術生活の魅力を感じてもらいたくて、この理想的芸術生活ブログを立ち上げたのである。
最後に、芸術は豊かな生活につながる
ここまで僕の芸術人生論や生い立ちについて読んでいただいて、ありがとうございます。
少しは『自由』や『芸術』というものに価値を感じてもらえたなら僕はとても嬉しい。
周りの人たちは、自身が経験したことがない未知の世界になると想像ができないため、つい無難な言葉として「人生は甘くない」と言ってしまうもの。
本心は「あなたに協力したいけど失敗するのが心配」と思っているのかもしれない。
安心させるためにも、自分が理想としている芸術人生を目指すのであれば、徹底的に突き進んでその不安を取り除いてあげればいい。
僕はまだ、理想にしている芸術人生への到達地点には到達していないが、まだまだやれることがある以上は諦めないと決めている。
もちろん家族や自分自身も不安を抱える時期もあるが、それを乗り越える方法を知っているので『諦める』という選択肢はない。
これまでに芸術に触れて良かったと感じたことは、デザイナーをしていた時期より心と時間にゆとりが持てるようになったこと。
デザイナーをしていた時は、クライアント様のことばかりを考えて、寝る暇もなく無理難題な要望を受けていたが、芸術活動を始めたことで、自分にとって本当に重要なことだけを受け入れるようにしている。
『芸術=クリエイティブな生活』ではなく、『芸術=豊かな生活ができる』が本当の芸術の魅力なのである。

